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2013
01.26

母の原稿・・・ノルマでがんばらなくっちゃ!!

Category: ねえ聞いて
gennkou.jpg

昨年、10月に母が米寿を迎え元気でいてくれるのがうれしい。

5月にみんなでお祝いをして、その時印刷関係の会社に勤めている
息子の提案で母の書き溜めた物を本にしてプレゼントすることにした。
その日は目録を渡した。まではいいのだが・・・・。

そのあと、原稿を受け取ってパソコン打ちを始めたが、あと4か月で
1年がたとうとしているが中々進まない。

はたと、これではいけない。

原稿はまだまだある。gennkou1.jpg

戦争時代の事を新聞に投稿し載せてもらった物もあり
いろいろ含めてと構想は練ったものの・・・

仕事のようにノルマを決めてやらないと進みそうにない。
1日最低1時間~それがなかなかむずかしい。

とりあえず短い2作品を紹介

生活の中で書き留めた作品

「高沢家の宝の蔵」

若い頃、開業医の高沢家で仕事をしていた時のことです。診察室の後片付けを終えた私に「いさゑさん、手伝ってもらいたいんだが・・・」と小柄で背から腰の曲がった姿で白髪が多くなった髪を小さなまげにしたおばあさんが声をかけてきました。「はい、何ですか?」「蔵の二階に来て整理と片づけを手伝ってもらいたいんだが」とのこと。蔵の二階は一度も見たこともない場所で、何が置いてあるのか気になっていた所です。心の中は好奇心いっぱいで「わあ~嬉しい」と思ったものです。蔵座敷のある入口の部屋の角に二階に上がる階段がありましたが、普段は気付かないようになっていました。そこをおばあさんの後について登ると、二階は広い所で表側に二つの窓、裏側に一つの窓がありましたがいずれも蔵窓で障子、土戸、鉄戸と三重になっていました。床には戸棚、箪笥、長持ち等がぎっしり置かれ、窓際の天井下に、3段に長刀が載せてあり、刀や掛け軸の入った箪笥もありました。戸のない棚には花器や置物等がぎっしり並び、箱入りの物も沢山ありました。長持ちには何が入っているのか数個並び、つづら箱も何個か置かれていました。「ここにある者が、高沢の宝物なんだよ」とお婆さんは腰に手を当てて伸ばしながら言われました。「わあ!」と私は驚きで声を上げながら宝置き場を見廻していたものです。古い書籍も一角にありました。「おばあさん、ナギナタが三本もあるんですね。」「ああ、あれかえ、一本は私のだよ。」と言いながら、窓際によって「一番下のこれが私の、真ん中がお姑さんの物、一番上が大婆様の物でね」「へえー、みんな女の人の物なんですか」「昔は嫁に来る時に自分の長刀を持ってきたもんだよ。」「そうですか」「それも、もう私の代で終わりになったもんですよ。明治、大正、昭和と時代が変わってきてね」お婆さんはそう言いながら、なつかしそうに蔵の狭い窓から外を覗いておられました。窓には、そよ風が流れていました。私は箪笥、長持ち、つづら等嫁入り道具にナギナタを持った昔の長い嫁入り行列の絵巻を想像したものです。大正の終わりに生まれ、昭和の時代しか知らない、17歳頃の若い娘時代の昔話です。


「混雑電車で」

岐阜の大学病院まで東海道線で通勤をしていた時の話です。三交代の看護婦でその日の勤務は通勤ラッシュの電車に乗ることになり、随分混雑していました。私は人にもまれてつり革を握っていましたが、押されて手を離してしまいました。入口の方よりどんどん人が押し込んできました。その頃、私のスカートをしっかり捕まえている小さな子どもに気が付き、その手をしっかり握ってやりました。車内の人並は揺れて押されて倒れそうになり、また反対側に倒れそうになる。「子どもがいるから押さないで」と叫びながら人波を押してやるが、私の力ではどうにもなりません。子どもの手を離してはいけない、押しつぶされてはいけないと必死に混雑した車内で子どもを守っていました。やがて電車は岐阜駅に着き、降りなければいけません。押されながら、子どもの手を引いたままホームに降りたちました。人々は足早にホームの階段の方へ歩いていきます。ホームに降りて初めて子どもの顔を見ました。3、4歳の可愛いい男の子が私の手をしっかり握っていて、私もその小さな手を握っていました。「あなたのお母さんは・・・」といいながら降りてくる人の中にお母さんが心配して降りてこられると思い、あたりを見廻すがお母さんらしき人は見あたりません。「坊や、お母さんと一緒だったの?」「うん」とうなずきましたが、もう降りる人はいない。子どもの手を引いたまま階段の方に歩き、階段を一歩ずつ登りました。廻りは通勤者でいっぱいでしたが、やや人波は少なくなってきました。子どもは知らないおばさんに手を引かれ、一生懸命ついて登ってきます。もし、この子の親がみつからなかったらどうしょう。交番に預けるか、どうしょう?と頭の中は心配が駆け巡ります。その時、階段を登りきった所に若いお母さんが赤ちゃんを抱き、片手に大きなカバンを下げて下を見て待っているのに気づきました。「この子のお母さんですか!・・・ああ良かった。心配していましたよ!」子どもは私の手を離してお母さんのスカートをしっかり捕まえました。「子どもが離れ、あっと思う間に私は押されて分らなくなってしまいました。心配でしたが私だけで降りました。もし子どもが見つからなかったら、駅員さんに相談しょうと思った時、知らない方に手を引かれているのを見てここで待っておりました。どうもありがとうございました。」「本当に良かった。お母さんと間違えてスカートを掴んだんでしょうね」若いお母さんは丁寧に頭を下げて嬉しそうにお礼を言われました。見ず知らずの者同士でしたが、お互いが安心し合って改札口で別れることができました。そして私はバス乗り場へと急ぎました。あれから30数年月日は過ぎ、あの坊やも立派な大人に成り人の親になっていることでしょう。



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